国内不動産鑑定評価・調査
建物の耐震性・後編 −耐震診断と国の耐震化推進計画−
前回では、わが国の建築物の構造について最低限の基準を定めた建築基準法について、耐震に関する事項を挙げていきました。今回は、耐震診断と国の耐震化推進計画、建築基準法以外の耐震に関する法律などについて見ていきます。
耐震診断
近年、よく聞かれるようになった「耐震診断」ですが、これは周知の通り建物の耐震性の性能を診断するものであり、一般に構造耐震指数Is値で評価をします。通常の耐震診断は、柱、壁のコンクリート断面積や配筋量等からIs値を算定します。
このIs値ですが、1968年の十勝沖地震(震度5)と1978年の宮城県沖地震(震度5)での被害建築物の診断結果を踏まえて、「建築物の耐震改修の促進に関する法律(耐震改修促進法)」の告示(平成18年度国土交通省告示第184号・185号)によって、震度6〜7程度の規模の地震に対する評価について以下の様に定められています。
Is値が0.6以上: 倒壊、又は崩壊する危険性が低い Is値が0.3以上0.6未満: 倒壊、又は崩壊する危険性がある Is値が0.3未満: 倒壊、又は崩壊する危険性が高い |
さて、上記でも出てきた「耐震改修促進法」ですが、阪神淡路大震災の発生した平成7年(1995年)の12月25日に施行された、文字通り耐震改修を促進し、建築物の地震に対する安全性の向上を図ることを目的としている法律です。
その後も東日本大震災等が起こり、南海トラフ巨大地震等の巨大地震発生の切迫性が指摘されている中で、建築物の耐震化をより緊急・優先的に促進するため、平成25年5月29日に同法は改正され、同年11月25日に施行されました。この改正によって以下の点などが規定されました。
・不特定多数の方が利用する建築物(病院、店舗、旅館等)、避難に配慮を必要とする方(避難弱者)が利用する建築物(学校、老人ホーム等)のうち大規模なもの、火薬類・石油類その他危険物を一定量以上貯蔵または処理している大規模な貯蔵場等について耐震診断を行い報告することを義務づけし、その結果を公表することとした(要緊急安全確認大規模建築物) |
・都道府県が指定する庁舎、避難所等の防災拠点建築物、緊急輸送道路等の避難路沿道建築物について耐震診断を行い報告することを義務づけし、その結果を公表することとした(要安全確認計画記載建築物) |
・建築物の所有者は、所管行政庁に対し、建築物について地震に対する安全性に係る基準に適合している旨の認定を申請することができ、所管行政庁は、当該建築物が耐震関係規定または国土交通大臣が定める基準に適合していると認めるときは、その旨の認定をすることができることとした(耐震性に係る表示制度) |
「基準適合認定建築物」は、同法により地震に対する安全性に係る基準に適合している旨の認定を受けた建築物であり、認定を受けた人はその旨を定められたマーク付きで建築物等に表示することができます。
また、これ以前から「耐震基準適合証明書」という耐震性が確保された旨の証明の制度があります。この証明書は、指定性能評価機関や建築士事務所に所属する建築士により耐震診断を受け、基準(主として建築基準法で規定された内容)に適合していることが確認できた場合に発行されます。
この耐震基準適合証明書が取れた住宅を購入した者は、住宅ローン控除の適用、登録免許税の減額、不動産取得税の減額、固定資産税の一定期間の減額、地震保険料の割引等のメリットを受けることができます。築年が古く、住宅ローン控除を受けられない中古住宅が主として対象となっています(耐火建築物で築25年、耐火建築物以外で築20年を超える場合)。(※1)
国はこの耐震改修促進法に基づいて、住宅や多数の者が利用する建築物の耐震化率を平成15年の75%から90%へと高める目標を基本方針において掲げており、中でも「国土強靱化アクションプラン2015」等において、住宅や多数の者が利用する建築物の耐震化率を平成32年(2020年)までに95%とする目標を定め、建築物に対する指導の強化や計画的な耐震化の促進を図っています(国土交通省によると、平成25年時点の耐震化率は、住宅が約82%、多数の者が利用する建築物が約85%となっています)。
これに伴って、各都道府県・市町村は、要緊急安全確認大規模建築物と要安全確認計画記載建築物の耐震診断と耐震改修工事を義務づけるとともに、一般の住宅やマンションについても、補助金を出すことで耐震診断や耐震改修工事の実施を促進する施策を実行しています。
その他の耐震に係わる法律・制度等
<住 宅>
「住宅の品質確保の促進等に関する法律」(平成12年4月1日施行)では、住宅性能評価について規定されており、耐震性に関する事項も定められています。
この法律に基づく日本住宅性能表示基準による住宅性能評価では、構造の安全に関する事項として、「免震建築物かどうか」と「耐震等級」の評価が含まれています。耐震等級は、構造躯体の倒壊等や損傷の防止の観点から、1〜3の等級で評価されます(数字が大きいほど高性能)。他には、耐風等級、耐積雪等級、地盤又は杭の許容支持力等及びその設定方法、基礎の構造方法及び形式等について評価の規定がなされています。
この住宅性能評価を受けると、耐震等級によって地震保険料が割引されます。また、銀行等の住宅ローン金利が優遇される場合があります。
また、「長期優良住宅の普及の促進に関する法律」」(平成21年6月4日施行)でも、長期優良住宅の認定において、耐震性に関する事項が定められています。
この法律は、長期にわたり良好な状態で使用するための措置が講じられた住宅(長期優良住宅)の普及を促進することで、住生活の向上及び環境への負荷の低減(住宅の解体・除却に伴う廃棄物の排出を抑制)を図ることを目的としています。
この法律で定められた「長期優良住宅」の認定基準のうち、耐震性に関しては、極めて稀に発生する地震に対し、継続利用のための改修の容易化を図るため、損傷のレベルの低減を図ること(大規模地震力に対する変形を一定以下に抑制する措置を講じる、建築基準法レベルの1.25倍の地震力に対して倒壊しない、免震建築物とする等)とされています。他には構造躯体等の劣化対策として、数世代にわたり住宅の構造躯体が使用できること(通常想定される維持管理条件下で、構造躯体の使用継続期間が少なくとも100年程度となる措置をとること。例えば、木造であれば床下及び小屋裏の点検口を設置、点検のため床下空間の一定の高さを確保する等)等の規定がなされています(平成21年国土交通省告示第209号)。
この長期優良住宅の認定を受けた住宅は、住宅ローン減税、登録免許税減税、一定期間の固定資産税減税等の税制上の優遇を受けることができます。(※1)
<事務所>
近年では、BCP対策(Business Continuity Plan)と呼ばれる、地震、火災等で被害を受けても重要な業務が中断しないための各種対策が講じられたオフィスビルの重要性が指摘されるようになってきました。具体的には耐震補強工事の実施、非常用電源の完備、電源・回線等の設備の二重化、防災機材・非常食等の備蓄倉庫の確保等が挙げられます。(※1)
内閣府によれば、「地震や火災といった大規模災害等が発生して企業活動が滞った場合、その影響は各企業にとどまらず、その地域の雇用・経済に打撃を与えることとなる。さらに取引関係を通じて他の地域にも影響を与えるため、災害時における企業の事業活動の継続を図ることは社会や経済の安定に貢献する重要な課題である」としており、BCP対策の重要性を指摘しています。
内閣府に事務局を置く中央防災会議は、平成17年に「事業継続計画ガイドライン」を策定しており、その後も経済産業省や中小企業庁などからもBCP対策についての指針が出されています。
平成22年6月に閣議決定された「新成長戦略実行計画」において、企業のBCP策定率を2020年までに大企業はほぼ全て、中堅企業は50%との具体的な目標を掲げています。
なお、内閣府が平成26年7月に発表した「平成25年度 企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」によると、その実態調査(有効回答数2,196社)で、BCP策定済みの回答をしたのは大企業で全体の53.6%、中堅企業では全体の25.3%となっています。
この様に、BCP対策の重要性は高まっており、今後、オフィスビルの経済価値に影響を及ぼす要因としてますます重視されていくものと予測されます。
耐震診断とPMLとの関係について
PML(Probable Maximum Loss)は、予想最大損失率と訳され、元々は米国で考え出された災害(本来は地震に限らない)に対する保険のための情報の一つでした。
わが国においては、対象建物(又は建物の集合体)に対し、建物の使用期間内に予想される最大規模の地震(再現期間475年相当の地震、すなわち50年間で10%を超える確率で起こる大地震)が発生した場合の損失額−−90%非超過確率(PMLの値を超えない確率が90%)に相当する物的損失額の、再調達原価に対する割合を示します。
耐震診断は、人命を守る観点からの建物の強さに対する診断である一方、PMLは投資リスクや保険付保等を判断する観点からの地震による建物の物的損失(又は修復コスト)の予測判断であり、目的・主旨が異なります。
近年の不動産証券化の普及に伴って、PMLは不動産デューデリジェンスにおける一つの指標として定着しました。
簡便にいえば、建物が地震によってどの程度の損失を受けるかを予想した指標であり、この値が小さいほど、地震に強い建物と言えます。一般に、投資用不動産については、PMLが20%以上の場合は地震保険の付保等、30%以上の場合は耐震補強等の対策が必要と見なされています。
一般的には、新耐震基準に基づく建物はPMLが低くなる傾向があります。但し、新耐震基準は二次設計の考え方によって大地震時の変形・損傷を許容することから、損失額の指標であるPMLは高い数値になるものもあります。(2016年5月)
<参考文献>
(※1)「不動産鑑定評価基準に関する実務指針」(公社)日本不動産鑑定士協会連合会・鑑定評価基準委員会発行、平成26年9月