国内不動産鑑定評価・調査
建物の耐震性・前編 −建築基準法による耐震基準−
平成28年4月14日と16日に、震度7を観測する大規模な地震(熊本地震)が発生しました。この地震により大きな被害が発生し、現在(同年5月9日)でも多くの人々が避難所での生活を余儀なくされています。一日も早い復旧・復興が期待されます。
これで震度7を観測した地震は、平成7年の阪神淡路大震災以降、中越地震、東日本大震災に次いで4回目となりましたが、相次ぐ大地震の発生に伴って、近年のわが国では建物の耐震性をはじめとする防災について関心が高まっていたところでした。
不動産鑑定評価基準も、平成26年5月1日に改正(同年11月1日に施行)されましたが、総論第3章「不動産の価格を形成する要因」のうちの「建物の個別的要因」の内容が、『東日本大震災等を経て、耐震性のみならず防災意識が向上しており、建物に関して着目される価格形成要因にも変化が認められる』として改正がなされ、実務に照らして必要な価格形成要因の追加・見直しがなされています(※1参照)。
本稿と次稿では、特に注目度が高まってきている耐震性について、改めて留意点を見ていきたいと思います。とりわけ、特に重要な「建築基準法」と、不動産鑑定評価基準の平成26年改正において運用上の留意事項にも明記された「建築物の耐震改修の促進に関する法律」を中心に、前編・後編に分けて耐震に係る事項について取り上げていきます。
新耐震基準(建築基準法)
わが国では、建築物の構造について最低限の基準を定めた法律は建築基準法になります。耐震に係る基準も、施行当時である昭和25年から、前身の市街地建築物法の流れを継承・強化して規定されてきました。
この建築基準法は、昭和53年の宮城県沖地震(マグニチュード7.4)の後に耐震設計法が見直されたことをうけて、昭和56年(1981年)6月に耐震に係る基準が大きく改正されました。この改正による耐震基準は、俗に「新耐震基準」と呼ばれています。
昭和56年改正前の「旧耐震基準」では、中規模地震(震度5程度で、建物の耐用年限中に数度は遭遇する大きさの地震)に対してのみ建築物が損傷しないような基準となっていましたが、新耐震基準では、それに加えて大規模地震(震度6強〜7程度で、建物の耐用年限中に一度遭遇するかどうかという滅多に起こらない大きな地震)に対しても、ある程度の被害は許容するものの、倒壊して人命に危害を及ぼすことのない程度の性能を有することを目標としています。
この中規模地震に対する耐震設計を一次設計、大規模地震に対する設計を二次設計と呼んで区分がされています。すなわち一次設計と二次設計を簡潔に説明すると以下の通りとなります。
一次設計:中規模の地震動(震度5強程度)に耐えうるための許容応力度計算。構造的に主 要な部分の地震時の応力度が許容応力度を超えないように計算する。旧耐震基準はこれ のみが規定されたものであった。 二次設計:大規模の地震動(震度6強〜7程度)に対して、建物に損傷は生じても倒壊・崩壊 せずに人命が守られるための保有水平耐力等の計算。新耐震基準でこの設計に係る規定 が追加された。 |
二次設計では、ある程度の損傷を許容しますが、変形によって大地震時にかかるエネルギーを吸収し、倒壊しないように設計します。具体的には、保有水平耐力(建物の持つ水平方向の耐力)、層間変位角(水平方向の変形の角度)、剛性率(曲げ・ねじりの力に対する変形のしにくさ)、偏心率(重心が剛性の中心から離れている度合い)等を計算・確認し、設計します。
つまり新耐震基準では、建築物の損傷を防ぐという従来の観点に加えて、大規模地震であっても人命を守るという観点が導入されました。この様な観点により、新耐震基準の建築物は旧耐震基準のものに比べて相当に耐震性が高いと言えます。
なお、新基準であっても、例えば木造2階建住宅等、小規模な建築物などについては二次設計が不要になっていますので注意が必要です。
但し、新耐震基準では、二次設計が不要な木造低層住宅についても、必要壁量が強化され(改正前の約1.6倍と言われている)、木摺りや筋かいの壁倍率(壁の強さの目安)が安全側に改定されましたので、住宅であっても新基準による方が旧基準によるものよりも耐震性はやはり高いと言えます(※2参照)。
平成12年6月改正建築基準法
平成7年に発生した阪神淡路大震災の被害の教訓から、建築基準法は平成12年6月にも大幅改正され、構造強度等に係る基準の整備・改定が行われました。この時の改正では、特に木造住宅について構造的な安全性の強化が図られました。
具体的には、以下の様に耐震に関する設計基準が強化されました。
・地耐力(地盤がどの程度の荷重に耐えられるか、又は地盤の沈下に対して抵抗力がど
の程度あるかを示す指標)に応じた基礎構造が規定され、これに伴う地盤調査が事実
上義務化となった(地耐力が20kN/u未満では杭基礎が要求され、地耐力が強くなる
に従ってべた基礎、布基礎が順に許容されます)
・構造材とその場所に応じて継手・仕口の仕様を特定された(柱や梁等の接合部に補強
金物を使用する)
・耐力壁の配置にバランス計算が必要となった
上述した通り、木造低層住宅などは新耐震基準でも二次設計は免除となっていたので、耐震性は充分ではなかったのですが、この平成12年改正で耐震基準が強化されました。その結果、鉄骨造やRC造といった非木造の建築物は、新耐震基準(昭和56年6月以降)で建てられたものであれば現行の耐震基準に適合した耐震性の高い物件の可能性が高いですが、木造住宅については平成12年6月以降の新築かそれ以前の新築かで、耐震性に大きな差異があると考えられます。
もちろん例外もあり、ツーバイフォー(枠組壁工法)などの住宅は平成12年以前の新築であっても相当に耐震性が高い物件があるほか、新しい住宅でも設計不良や施工不良などによって耐震性の劣る物件がある点に注意しなければなりません。
以上の様に、非木造建築物(小規模なものを除く)については昭和56年の新耐震基準による建築か否かが、木造建築物(高層なものを除く)については平成12年の改正建築基準法による建築か否かが耐震性を判断するにあたって重要になると言えます。例えば耐震診断や耐震改修工事の補助対象として、戸建住宅で平成12年5月31日以前の建築、マンションで昭和56年5月31日以前の建築であることを要件の一つにしている市町村もあるなど、この2つの法基準の区分が建物の有する耐震性に影響を与え、経済価値を形成する要因の一つとなっていると言えます。
次回は、耐震診断と国の耐震化推進計画、建築基準法以外の耐震に関する法律などについて見ていきます。(2016年5月)
<参考文献>
(※1)「不動産鑑定評価基準に関する実務指針」(公社)日本不動産鑑定士協会連合会・鑑定評価基準委員会発行、平成26年9月
(※2)「建物の構造的安全性への疑惑と鑑定評価」(社)大阪府不動産鑑定士協会発行、平成18年3月