無形資産・動産評価・研究
超過収益法で採用した割引率の検証 −WACC・WARA分析−
弊社投稿の「知的財産権評価におけるインカム・アプローチ適用上の留意点(2) −割引率について−」では、企業価値査定の際に採用する加重平均資本コスト(WACC)が、事業活動に必要な各資産(流動資産、有形固定資産、無形固定資産)の期待収益率の加重平均(WARA)に近似するという考え方を活用して割引率を求める方法について触れました。
また、前稿で取り上げました超過収益法は、事業キャッシュフロー等を基礎としていますから、このWACC・WARAの分析による方法によって超過収益法で採用した割引率の妥当性の検証が可能となります。
本稿ではこの分析検証方法について、適用例に基づいて考察します。
まず、前稿で例として掲載しました株式会社QQQ製作所の保有する特許権Aにつきまして、その価値を超過収益法で試算した内容を改めて示すと以下の通りになります。特許権Aの技術的陳腐化に伴って、無形資産全体に対するキャッシュフローの配分率を逓減させて試算しています(初年度26.95%→8年目5.03%)。
また、ここで株式会社QQQ製作所の貸借対照表(の将来予測値)を以下の通りとします。
これから、8年間の平均値をもって標準化した株主資本を178,800,000円、有利子負債(借入金)を10,000,000円と捉え、それぞれの資本コストを7.0%、2.7%(税引き後)とし、加重平均によってWACCを次の通り6.77%と求めました。
株主資本:有利子負債 = 178,800千円:10,000千円 = 0.9470:0.0530
WACC = 7.0%×0.9470 + 2.7%×0.0530 ≒ 6.77%
この試算では、無形資産の時価総額については暫定的に55,000,000円としています。当該株式会社QQQ製作所の企業価値は、事業キャッシュフローの標準値12,887,500円(将来8年間予測値の平均)をWACCで資本還元することにより、190,400,000円と簡易に求められます。
企業価値 = 12,887,500円÷6.77% ≒ 190,400,000円
次に期待収益率の加重平均WARAを求めます。すなわち、WARAが上記で求めたWACCと近似するような数値になるように各資本・資産に対して期待収益率を与えていきます。バランスよく近似するかどうかで、採用した割引率(期待収益率)13.0%の妥当性が検証されるということになります。
正味運転資本は104,000,000円、有形固定資産は29,800,000円(いずれも標準化数値として将来8年間予測値の平均)、特許権Aは前稿で求めた10,300,000円を採用しました。 特許権A以外で分離可能な無形資産を「特許権B、特許権C、商標権、著作権、ソフトウェア、顧客リスト」と認定し、当該無形資産の価値については、成果配分分析による初年度の配分率の合計が下表の通り27.54%ですので10,500,000円(=10,300,000円×(27.54%/26.95%))と概算しました。 ここまでの資本・資産の合計は154,600,000円になりますが、この金額を企業価値190,400,000円から控除した残余の額35,800,000円を「のれん」の額としました。
次いでこれらの各資本・資産に対して期待収益率を与えていきます。
正味運転資本と有形固定資産の期待収益率は、超過収益法でのキャピタルチャージ計算で採用した通り、それぞれ1.8%、3.6%を用いました。 超過収益法の試算では特許権Aの割引率は「13.0%」を採用しましたが、技術的陳腐化を伴い且つ存続期間が8年間の有期であることから「18.8%」を代入することに注意しましょう。
特許権Aに帰属するキャッシュフロー(将来8年間予測値平均)1,940,265円÷10,300,000円 ≒ 18.8%
特許権A以外で分離可能な無形資産、及びのれんについては、その存続期間や資産としての安定性に留意し、他の資産とのバランスをも考慮して期待収益率に15.0%、18.0%を採用しました(期待収益率はその資産の運用により得られる果実の安定性に鑑みて、一般に運転資本、有形固定資産、無形資産の順で高くなります)。 その結果WARAを計算すると、WACC(6.77%)と近似した数値6.77%が得られました。
すなわち、WACC・WARAの分析によるこの一方法により、特許権Aの価値試算にあたり超過収益法において採用した割引率13.0%の妥当性の検証ができたと言えます(もちろん認定数値が多いことから、万能ではありません)。
この様な分析を加えることで、超過収益法によって得られた知的財産権価値の試算額の精度が上がりますので実務上で有効であると思われます。(2016年3月)