無形資産・動産評価・研究
知的財産権とその評価の基礎的事項 −−国際評価基準IVSの有用性−−
特許権、意匠権、商標権などの知的財産権について、その価値の評価が必要となるケースがあります。 その知的財産権の売買、実施権・使用権等の設定、担保価値の把握、権利侵害に係わる損害賠償請求訴訟、課税など、多様なケースで評価が必要となります。 売買のケースには、知的財産権単独の売買ではなく、企業買収・合併において、企業価値の内訳としての知的財産権の価値の把握が必要な場合なども含まれます。
知的財産権とは?
知的財産権とは、財務省関税局の記述(同局・税関ホームページの記載)によれば、以下の通りとなっています。
財産(権)は、形のある動産及び不動産が一般的ですが、人間の精神活動の結果として創作されるアイデア等無形のものの中に、財産的価値が見出されるものがあります。このような人間の知的な活動から生じる創造物に関する権利を、知的財産権(知的所有権、無体財産権)と呼んでいます。 |
知的財産を類別すると、特許権、実用新案権、意匠権、商標権、回路配置利用権、著作権、著作隣接権、育成者権、営業秘密等に分けることができます。 |
知的財産は、登録により発生するものと、創作等により直ちに発生するものがあります。知的財産権のうち産業財産権(特許権、実用新案権、意匠権、商標権)については特許庁に、回路配置利用権は(財)ソフトウェア情報センターに、また、育成者権は農林水産省に、それぞれ登録することにより権利が発生します。なお、著作権は著作物を創作した時点で、著作隣接権は実演等を行った時点で、それぞれ権利が発生するため、登録の必要はありません。ただし、譲渡など権利の明確化のために登録制度(文化庁)が設けられています。 |
また、知的財産基本法の第2条によると、以下の通り定義されています。
この法律で「知的財産」とは、発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報をいう。 |
この法律で「知的財産権」とは、特許権、実用新案権、育成者権、意匠権、著作権、商標権その他の知的財産に関して法令により定められた権利又は法律上保護される利益に係る権利をいう。 |
上記から考察しても、一般には「知的財産権」とは、広義的な概念である「知的財産」のうち、法的に保護されている財産権と捉えて良さそうです。 保護する法令としては、特許法、実用新案法、商標法、意匠法、著作権法、種苗法、半導体集積回路の回路配置に関する法律、不正競争防止法などがあげられます。
特に、特許権、実用新案権、意匠権、商標権は総称して「産業財産権」、「工業所有権」や、「知財4権」などと呼ばれており、主として企業活動に関する、知的財産権の代表的なものとして扱われています。
特許権は、我が国においては特許法に基づき、特許出願、出願公開、出願審査請求、特許査定を経て、特許庁に特許料(登録料)を納付することによって発生します(特許法第66条)。 特許権の存続期間は、原則として特許出願の日から20年です(特許法第67条)。
特許法によれば、特許を受ける対象は、「発明」(自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの)と定義されており、特許を受けた発明は「特許発明」として保護対象となります。
実用新案権は、実用新案法に基づき、物品の形状、構造又は組合せに係る考案が保護対象となる知的財産権であって、一定の手続き・技術評価を経た考案(自然法則を利用した技術的思想の創作)に対し、設定の登録により発生します(実用新案法第14条)。 特許と違う点は、保護の対象が「物品の形状、構造又は組合せに係る考案」に限られることです。実用新案権の存続期間は、出願の日から10年です(実用新案法第15条)。
商標権は、商標法に基づき、商品又は役務に使用する商標が保護対象となる知的財産権であって、一定の手続き・審査を経た商標に対し、設定の登録により発生します(商標法第18条)。 対象となる「商標」とは、文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、音その他政令で定めるもののうち、業として商品の生産、役務の提供等に使用するもので、商標登録を受けた登録商標が保護対象となります。 商標権の存続期間は、設定の登録の日から10年ですが、更新が可能です(商標法第19条)。更新の回数には制限がないので、永続的に権利を維持することが可能です。 商標登録によって商標権を与えられた使用者は、保護対象となることでその商標に関して信用が維持されることになります。
意匠権は、意匠法に基づき、工業上利用することができる意匠(デザイン)で、新規性があり容易に創作ができないものが保護対象となる知的財産権であって、一定の手続き・審査を経た意匠に対し、設定の登録により発生します(意匠法第20条)。 対象となる「意匠」とは、物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美感を起こさせるもので、意匠登録を受けた登録意匠が保護対象となります。 意匠権の存続期間は、設定の登録の日から20年です(意匠法第21条)。意匠権は、意匠の保護及び利用を図ることにより、意匠の創作を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とした知的財産権の制度です。
これらの知的財産権は、物理的には認識されないものの、法律で保護され、権利者に経済的利益をもたらすことから、経済価値が形成され、認識されることがあります。
さて、これら知的財産権の経済価値を評価するには、どうすればよいでしょうか。
知的財産権の価値評価における初歩的・基礎的事項
評価を行うに際して最も重要な点は、「評価には“ものさし”が必要」だということです。実は、各種の専門的知識をもつ人でさえも、この点を見落としているケースが多々見られます。 評価手法にのみ気を取られ、それによって求められた「評価額」が一体何を標榜する価値なのか、どういう意味の価値なのか、解説がなされた本はあまり多くない様です。 世の中には様々な目的と性格をもつ「評価額」がある中で、そのうちのどれが求められたのか充分に意識している人は多くないようです。
また、評価においては、「評価の基準となる日」や「前提条件」など明記すべき他の事項もあります。 これらの必要最低限の条件が揃ってはじめて、目的に応じた「評価額」が把握できることになります。
本稿ではこの点について考察したいと思います。
評価を行うに際して重要な“ものさし”のうち、最も基礎的で重要な事項が「評価によって求める価値の定義」であると指摘できます。まずこれを明確化しなければなりません。
「時価」、「市場価格」、「適正価格」、「公正価値」、「正常価格」、「正常な取引価格」、「経済価値」、「現在価値」、「査定価格」、「流通価格」・・・これらは、企業会計、財産評価基本通達、不動産鑑定評価、損失補償基準、ミクロ経済学、宅建の不動産査定や、俗語としても使われている価値・価格を示す用語であり、意味や性格、使用する目的がそれぞれ異なっています。 実はその価値・価格の定義を争った裁判もあり、最高裁判例が出ているものもあるなど、少しずつ定義や意味が異なっていることも多いのです(※1参照)。
また、「処分価格」、「早期売却価格」、「投資価値」、「限定価格」、「特定価格」、「特別価値」など、特殊な前提条件下で成り立つ価値・価格を示すものもあり、特定の業界内で目的に応じて活用されています。 例えば、清算・破産を前提とする早期に処分する場合の価格、特定の二者間のみに成り立つ価格、特別な買い手のみに価値が生じる場合の価格、投資採算性を示す価値、などです。
従って、知的財産権の評価を行い、評価書に「評価額:○○○○円」と記載しても、それだけでは不十分であり、厳密には「この評価額とはどのような意味・性格なのか」について、いちいち解説を載せて定義を明確化する必要があると言えましょう。 それは、誤解を避けるため、共通言語によって関係者や第三者と打ち合わせをするため、争いが生じた時に備えて自分の立場について明確化しておくため、等々、意外と重要なことなのです。 特に知的財産権については、訴訟が発生することも少なくないことから、評価人が重い責任を負う可能性もあり、この「評価額の意味」について評価書で明確化しておくことは専門家としての重要な作業の一つであると言えます。
この最も初歩的・基礎的で且つ最も重要な「評価によって求める価値の定義」がなされたら、次にその定義された価値が形成される条件を固定し、明確化する必要があります。 なぜならば、財産の価値は時間の経過や前提となる条件の違いによって異なってくるからです。 すなわち明確化しなければならない事項は、「評価の基準となる日」や「前提条件」が代表的と言え、これらも評価を行ううえでの重要な“ものさし”と認識すべきと思われます。
また、その他にも評価人の所属・能力等の概要、評価人と依頼者等との利害関係の有無、評価人が行った調査の範囲など、必要に応じて明記すべき事項があります。
では、どうすればこの面倒な作業を効率的に且つ専門的に達成することができるでしょうか?
最も理想的でしかも容易であると思われる方法は、公的または準公的で完成度・信頼度の高いなんらかの評価基準に準拠することでしょう。 各種専門分野において活用されている評価基準や評価ガイドラインといったものは、評価する価値の定義だけでなく、評価に必要とされる前提条件、評価アプローチの考え方、評価の留意点などが規定されているものもあり、まさに「評価の“ものさし”」として役立っています。 すなわち、知的財産権の評価書において、「本件評価は〇〇〇評価基準に準拠したものである」旨を記載し、実際にその評価基準に準拠して「評価額:〇〇〇〇円、価値の種類:〇〇〇〇」と明記すれば、それによって「価値の定義」が容易に達成され、その評価基準の信頼度や認知度・普及度に応じて評価書の信頼性も増し、誤解の回避や争訟への備えも実現するということになります。
特に筆者が適しているとしてお薦めするのは「国際評価基準(International Valuation Standards、IVS)」です。
知的財産権は、企業活動に関わることから、日本公認会計士協会による企業価値評価ガイドライン(経営研究調査会研究報告第32号)がまず考えられます。 しかし、このガイドラインは、「株式の価値を評価する場合の実施、報告について取りまとめたもの」、「株主に帰属する価値(株主価値)を評価対象としている」として位置づけられており、評価目的の汎用性の点に鑑みて、直接的に採用しやすいものとは限りません。
また、わが国でも国際財務報告基準IFRSを、会計処理に導入する企業が近年増加していますが、そのうちのIFRS13号が会計基準上で重要な価値である公正価値の測定について規定しています。
すなわちIFRS13号は、IASB(国際会計基準審議会)による会計基準やIFRSで広く取り扱われている「公正価値」について、その測定に関して包括的にガイダンスを提供するもので、求める価値の種類である「公正価値」も明確に定義しています。 知的財産権は企業活動に関わる重要な無形資産であるとともに、会計処理上で評価が求められるケースが多いことから、知的財産権の評価において準拠する基準として、このIFRS13号を採用することは十分に考えられます。
但し、企業会計以外の多様な目的に適用される前提のものではないこと、知的財産権やそれを含んだ無形資産について個別的なガイダンスがないこと、などの点が指摘できます。
一方、国際評価基準IVSは、多様な評価の目的を想定した基準であり、国際財務報告基準IFRSへの対応・調整も組み込まれているとともに、知的財産権を含む無形資産の評価方法についても具体的に評価方法等について記載があるなど、知的財産権の評価において準拠する基準として最も適していると考えられます。
IVSは、国際評価基準審議会IVSCが策定、公表していますが、IVSが最も重視する目標は、資産評価業務について利用者からの信頼性を高めることにあり、そのために世界的に認知された一貫性のある理論や定義の普及を行い、評価業務の透明性を確保するための必要事項を示すことを目指しています(※2参照)。 企業活動が日本国内にとどまらず、国際化が進む中で、明確で汎用性の高い用語の定義や評価の考え方の規定は、「評価の“ものさし”」として大変に優れていると思われます。 特にIVSは、IVS300として「財務報告のための評価(Valuations for Financial Reporting)」という章を設けており、会計に関わる評価上の留意点や、会計界における「公正価値」とIVSで定義された「市場価値」等との整合についての言及もあり、企業会計における資産評価にも対応できる内容となっています。 また、知的財産権を含む無形資産の評価について、IVS210(Intangible Assets)として個別に章が設けられており、評価の留意点や具体的な評価手法について記載されています。
以上の通り、知的財産権の評価においては、「評価の“ものさし”」として国際評価基準IVSに準拠することによって、誤解の回避や争訟への備えが実現し、いろんな目的に対して汎用性が高く、専門性と信頼性の高い評価書を効率的に発行することができる、と考えられます。(2015年7月)
<参考文献>
(※1)「日本の法・会計制度目的に適合した鑑定評価をめざして〜先行する国際的評価基準(IFRSs,IVS等)を参考に〜」(社)大阪府不動産鑑定士協会・調査研究委員会編著・発行、2013年3月
(※2)「IFRSsの公正価値評価に対応した最新国際評価基準」公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会・国際委員会編著、(株)住宅新報社発行、2012年7月